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福岡高等裁判所 昭和56年(ネ)169号 判決 1983年11月21日

控訴人(付帯被控訴人)

陳昭成

右補助参加人

川下文子

山口清

山口香知子

神林健吉

神林寿

右六名訴訟代理人

倉増三雄

松尾俊一

被控訴人(付帯控訴人)

大進有限会社

右代表者

金鐘克

右訴訟代理人

松尾千秋

小野正章

清水正雄

清水隆人

被控訴人補助参加人

川下耕一郎

川下正男

川下シヅエ

川下富男

川下君子

川下大洋

川下和子

右補助参加人ら訴訟代理人

塩塚節夫

藤井克己

主文

一  原判決を取消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、原判決第一物件目録(一)、(二)記載の建物につき、長崎地方法務局昭和五三年一〇月一三日受付第三三五八五号をもつてした、同第二物件目録(一)ないし(九)記載の各土地につき同法務局同年同月一七日受付第三三八四九号をもつてした各所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三  被控訴人の(当審における請求拡張部分を含む。)反訴請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じ、被控訴人補助参加人らの参加によつて生じた分は同補助参加人らの負担とし、その余は被控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

控訴人

一  当審において請求を拡張し、主文第一ないし三項同旨。

二  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

被控訴人

一  本件控訴を棄却する。

二  当審において請求を拡張し、控訴人は、被控訴人に対し、原判決別紙第一物件目録(一)、(二)記載の建物を明け渡し、且つ昭和五三年一〇月二三日から昭和五五年一二月三〇日まで一ケ月四〇〇万九八〇〇円の、同年一二月三一日から明渡しずみまで一ケ月四二四万八三〇〇円の割合による金員を支払え。

三  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張<省略>

第三  証拠関係<省略>

理由

(本訴請求について)

第一控訴人と観光ビルら売主との間の売買契約の成否について

一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ<る。>

1 観光みやげの販売や食堂の経営を目的とする観光ビル(本件土地の共有者はいずれもその株主であつた。)は、昭和五二年末ごろから経営不振に陥り、本件土地、本件建物(一)、(二)を含む一切の関連資産を売却する方針で買手を探していた。

2 控訴人は知人から右情報を得、昭和五三年八月下旬ごろから観光ビルの代表取締役社長であり本件建物(一)、(二)、本件土地所有者の代理人である川下耕一郎と交渉を重ね、同年九月一三日までに、次のような点について合意に達した。

(一) 売買代金総額を四億五〇〇〇万円とし、その内訳は次のとおりとする。

(1) 本件建物(一)、(二)及び商品什器一切の代金を一億七六八〇万円とし、次の方法で支払う。

イ 観光ビルの協和銀行からの借入金七〇〇〇万円を控訴人において肩替りして支払う。

ロ 観光ビルの商品、什器(買掛債務の支払を含む)を三〇〇〇万円と見積る。買掛債務は控訴人において肩替りして支払う。

ハ 株式(総株数九六〇〇株)を一株八〇〇〇円(総額七六八〇万円)と見積り、各株主から控訴人が譲受ける。

(2) 本件土地代を二億七三二〇万円とする。

(二) 代金支払時期を次のとおりとする。

(1) 建物、商品什器代金  昭和五三年一〇月一五日

(2) 土地代金  昭和五四年一〇月一五日

(三) 土地、建物の引渡し等

控訴人において昭和五三年一〇月一五日、建物、商品、什器代金支払いと引換えに本件建物(一)、(二)の引渡しを受け、観光ビルの営業を承継する。

(四) 賃料の支払い

控訴人は、右建物引渡しの日から本件土地代金支払いの日までの間、土地共有者に、3.3平方メートル当り一ケ月四〇〇〇円の賃料を支払う。

3 そこで、控訴人は耕一郎社長に右契約の趣旨を正式の契約書にまとめるよう要望していた。

4 ところが、同年九月一三日、耕一郎社長から明日取敢えず一〇〇〇万円欲しいという電話での要請があつたので、控訴人は契約書の作成を条件にこれを承諾し、翌九月一四日一〇〇〇万円を観光ビルに持参し、売買契約書の作成は未だできていなかつたが、耕一郎社長と前記売買の条件を確認し合い、且つ一〇〇〇万円は売買代金の内金として支払うものであると念を押し、且つ(一)控訴人において契約に違反した場合には、右一〇〇〇万円を没収されても異議のないこと(二)観光ビルら売主において契約に違反した場合には、控訴人に対して本件建物(一)の一階部分の無償使用を認めることとの違約条項につき合意し、一〇〇〇万円を売買代金内金として領収した旨及び右違約条項を記載した覚書(甲第一号証)を徴して支払つた。

5 控訴人は右により売買契約の成立を祝う趣旨で、観光ビルの株主を招待することとし、同年九月二〇日夜耕一郎社長、川下正男常務らを、翌九月二一日夜川下文子、山口清専務らを各夕食会に招待し、両日とも契約の成立を祝うあいさつが交された後宴に入つた。

右のように招待客を二班に分けたのは、観光ビルの株主が、会社の創始者で先代社長亡川下勇夫の養子である耕一郎社長を中心とする派と、亡川下勇夫の未亡人である川下文子を中心とする派に分れていたためであつた。

6 他方、控訴人は、買受資金の調達のため、売買交渉が始まつたころから取引銀行である熊本相互銀行長崎支店に四億五〇〇〇万円の融資を申込み、同年九月二四日ごろには右長崎支店長から融資が内定した旨の報告を受けていたが、その後同支店長から後述のような事情で右内定が覆つたとの話をきいたので、同年一〇月五日ごろ、急拠、親和銀行に同額の融資の申込みをなし、やがて融資が決定された。

7 観光ビルら売主は本件土地建物等をなるべく高価で処分したいとの考えから、当初から役員が手分けをして買主を探していたが、山口清専務が観光ビルの隣で「ラッキーパチンコ店」を経営している被控訴人とも売買交渉を進め、被控訴人が四億五〇〇〇万円までならば買つてもよいと申出たので、それまで価格が三億八〇〇〇万円ということで交渉が進展していた控訴人に対して、「被控訴人は四億五〇〇〇万円で買うといつているので、その価格で買つてくれ。」と申出、控訴人もこれを承諾してさきに述べたとおりの合意が成立した。

そこで山口専務は九月一四日電話で被控訴人に対して「会社内部で検討した結果売らないことに決定した。」との理由を述べて、それまでの被控訴人との交渉を打切つた。

右のように同じ価格で買う意思を表明しているのに、観光ビルら売主が、被控訴人ではなく、控訴人に売ることにしたのは、川下文子が、日頃から、被控訴人を快よからず思つており、被控訴人に売ることにつき、これが障害になると思われたからであつた。

8 なお、観光ビルら売主は、同年九月一四日一〇〇〇万円の支払いを受けた際、株式全部を控訴人に譲渡することを決議した株主総会議事録を、同月二〇日には観光ビルの計算書、本件建物(一)、(二)構造設計図(これは控訴人の模様替え工事に必要であつた。)、歩道橋道路使用許可権利書(これは顧客が歩道橋から本件建物の二階に直接出入りすることができ、店舗としての価値を高めるものであつた。)等を控訴人に交付した。

以上の事実関係からすると、昭和五三年九月一四日、控訴人と観光ビルら売主との間に、前記のような内容による本件土地本件建物(一)、(二)等の売買契約が成立したものと認めるのが相当である。

三もつとも、<証拠>を総合すると、控訴人は、耕一郎社長に作成方を依頼していた売買契約書がなかなかできないので、同年九月二〇日、それまでの売買交渉でまとまつた合意の内容を記載した覚書(甲第三号証)を代理人新永幸一郎に持参させて、売主の署名を求めたのに対し、耕一郎社長らが「右覚書は控訴人が銀行関係にのみ使用するもので、将来両者間で締結される売買契約とは売買その他の条件等一切関係ないものとする。」旨記載した覚書(乙第三号証の二)を添付しなければ署名押印できない旨答えたので、新永は致し方なくこれを承諾し、かくて、耕一郎社長や川下文子ら売主は後者の覚書を添付した前者の覚書に署名押印して新永に手交した。しかし、新永は前者の覚書を控訴人に手交したが、後者の覚書は控訴人に見せないままであつたことが認められる。

右の事実は、九月一四日の段階ではもちろん、九月二〇日の段階でも未だ控訴人と観光ビルら売主間で売買契約が成立するまでに至つていなかつたことの証左であるとみられないことはない。

しかしながら、前記のとおり九月一四日までの段階での両者間の合意は売買の目的物、代金額、その支払時期、方法等売買契約の基本的事項のすべてにわたつており、その他前認定の諸事情に照せば、少なくとも、耕一郎社長が控訴人から一〇〇〇万円を売買代金内金として受領した段階で諾成契約である売買契約は成立したものというべきである。

そして観光ビルら売主が、九月二〇日に至つてやや態度を変えたように見えるのは、九月一四日以降日時を経過するうち、後記のとおり岩崎一二からの買受けの申込みがなされ、同人若しくは被控訴人に四億五〇〇〇万円より更に高価で売れるかも知れないとの希望が持てるようになつたために過ぎず、耕一郎社長らが九月二〇日控訴人が署名を求めた覚書(甲第三号証)に無条件で署名することを拒んだことが九月一四日売買契約成立という前認定を左右するものではない。

第二観光ビルら売主と被控訴人間の売買契約について

一昭和五三年一〇月一三日観光ビルら売主と金承年間に本件土地、本件建物(一)、(二)につき売買契約が締結され、同日及び同月一七日の二回にわたつて観光ビルら売主から直接被控訴人宛本件土地、本件建物(一)、(二)等について所有権移転登記が経由されたことは、当事者間に争いがない。

二<証拠>を総合すると、右観光ビルら売主と金承年の売買において、代金は直接被控訴人の出捐によつて観光ビルら売主に支払われることになつており、金承年が転売利益を得たことはもちろん、一旦自己が買取る心算で買受資金を準備したこともないこと、被控訴人と金承年間に「本件売買の実質上の買主は被控訴人であつて、金承年は単なる名義上の買主に過ぎない。」旨の右売買契約当日付の念書(乙第七号証)が取交されていること、被控訴人ではなく金承年が右売買契約上の買主になつたのは前記認定のように売主の一人である川下文子が日頃から被控訴人を快からず思つていたため、本件土地、建物の実質上の買主が被控訴人であることを隠蔽する意図からであつたことが認められ、以上の事実からすれば、右売買契約の買受人は金承年であつて、同人が被控訴人の代理人であつたということはできず、被控訴人は金承年からの本件土地、本件建物(一)、(二)の転得者というべきではあるが、同人は被控訴人が観光ビルら売主所有のこれらの物を取得するにつき、いわばかいらい的立場にあつたものであるから、金承年からの転得者であつても右売主から直接所有権移転登記を受けた被控訴人が二重売買の場合の背信的悪意者である限り控訴人の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に該当しないものというべきであるので、更に検討を進める必要がある。

第三被控訴人が背信的悪意者であるかどうかについて

一<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができ<る。>

1 昭和五三年九月中旬ごろ、不動産業者である岩崎一二が観光ビルを訪れ、耕一郎社長らに対して、本件土地、建物を買受けたい意向を示し、耕一郎社長が控訴人との間に売買の話ができているとして、前記合意の内容を話したところ、「それでは契約として極めて不充分であり、特に一年後になつている土地代金の支払いを確保する条項が欠けている。控訴人には前科があるし、福岡でも建物の明渡しをめぐつて紛争を起しているとの風評がある。その上、熊本相互銀行に融資を申込んだが断られたらしいし、買受資金ができないのではないか。」など同人らに不安をかき立てるような話をした。

そして、そのことを株主全員にも話してもらいたいと依頼され、九月二五日観光ビルの総株主が集つているところに町田某と共に出席し、前記のような説明をなし、「代金の支払いが得られるかどうか不安な控訴人に売るより、自分に売つてくれるならば、即金で買うつもりであるから考えてもらいたい。」と話し、「控訴人からすでに一〇〇〇万円の内金を受領しているが、この点に問題はないのか。」との株主の質問に対し、「多少の利息を付して返還すれば、控訴人も承知する筈であり、その件については自分が責任をもつて解決するから任せてくれ。」と答えた。

右説明中、控訴人に前科がある点は全くの虚偽であり、また岩崎は一〇〇〇万円の返還等観光ビルら売主と控訴人との売買契約の解約等の解決に対する努力は全くしないまま放置した。

2 控訴人は、買受資金の融資方の申込みをしていた熊本相互銀行の長崎支店長から融資が内定した旨の報告を受けた数日後、右支店長から、「被控訴人も本件土地、建物を欲しがつており、その代表者金鐘克の兄であつて、九州一円でパチンコ店等を大々的に営んでおり、被控訴会社の経営にも大きな発言力を有する金鐘達が、同銀行と取引があるところから、同銀行の幹部に、控訴人への融資をしないよう圧力をかけたため、一度内定のあつた控訴人への融資問題が楽観を許さなくなつた。」との話をきいたため、同年九月三〇日久留米市に住む金鐘達を訪ね、「本件土地、建物は自己が買受けており、買受け後は被控訴人の営むラッキーパチンコ店と同種の営業はしないつもりであるから、被控訴人は買受けをあきらめてもらいたい。」と要請したところ、同人は「被控訴人の方で万難を排してでも買取るつもりである。」と述べて右要請を拒否した。

3 そしてその夜、かねてから控訴人と顔見知りである金承年が、「金鐘達から、同日控訴人が前記要請に赴いた旨聞いたが、どうなつているのか聞きたい。」と云つて控訴人を訪ねて来たので、控訴人において前記覚書(甲第三号証)等を示して、すでに観光ビルら売主と自己との間で売買契約が成立していることを説明すると、金承年は右説明に納得した態度を示し、「それならば金鐘達に買うことをあきらめるよう伝える。」と云つて帰つた。

4 それにも拘らず、岩崎一二と耕一郎社長らとの間では売買交渉が急速に進み、その過程で価格も四億八〇〇〇万円と定められた。

かくて、控訴人との契約で、本件建物の引渡し及び営業の承継の日と定められた同年一〇月一五日の二日前である同月一三日、売買契約の締結のため、売主側から観光ビルの株主本件土地所有者全員、買主側から金承年(耕一郎社長らはその数日前、岩崎一二から、買主は同人のみではなく、同人を含む数人のグループであり、金承年がその代表者であると知らされていた。)、岩崎一二らが長崎市秀明舘ホテルに参集し、買主金承年と観光ビルら売主との間で、本件土地、本件建物(一)、(二)、観光ビルの株式全部、その営業、商品等の一切を四億八〇〇〇万円で売買することを内容とする売買契約書が作成された。

被控訴人側は売買契約締結と同時に本件土地、建物等の引渡しを受ける前提で、代金全額を銀行保証小切手で準備していたが、その場になつて、売主側から引渡しを同月末まで待つて欲しい旨の申出があつたため、急拠小切手での支払いを変更し、同席していた買受資金の被控訴人への融資元である福岡朝鮮信用組合の職員に、本件売買につき被控訴人の相談相手になつていた松尾千秋弁護士と各売主連名の預金通帳を作成してもらつてこれを各株主に手交した。

なお、被控訴会社代表者金鐘克らも同日秀明舘ホテルに赴いていたが、岩崎一二の助言にしたがい、観光ビルの株主らとは顔を合わせないままであつた。

5 前記のような事情を知らなかつた控訴人は、約定のとおり、同年一〇月一五日、株式代金七六八〇万円の各株主への支払額に見合う銀行保証小切手を準備して、本件建物(一)、(二)の引渡しや営業の承継を受けるため観光ビルに赴いたが、その準備は全くできておらず、急を聞いて現場に現われた耕一郎社長が「岩崎一二から何もきいていないのか。」と質問する始末であつたが、控訴人が建物等の引渡しを強く要求したところ、最後まで拒否することはせず、やや混乱はあつたものの、控訴人において同日本件建物(一)の一階部分の占有を開始し、爾後占有の範囲を拡げ、本件建物(一)全部を占有して今日に至つている。(右占有の事実は当事者間に争いがない。)

二以上の認定事実によつて考えるに、先ず、控訴人が同年九月三〇日の昼には金鐘達に対し、同日夜には金承年に対し、それぞれ本件土地、建物等はすでに自己が買受けたことを説明したこと、九月末ごろ、岩崎一二が観光ビルの耕一郎社長からすでに控訴人に売つた旨聞かされたこと、金承年は被控訴人との合意に基いて本件土地、建物の形式上の買主になつたに過ぎないこと、金鐘達が被控訴会社の実力者であつて、九月三〇日控訴人に対して本件土地建物の買取りの強い意欲の程を示したこと、売買契約の締結につき、主として耕一郎社長ら売主側と接触した岩崎一二は、不動産業者であつて、その仲介によつて売買契約が成立すれば報酬が得られる立場にあつたものではあるが、しかし仲介をするだけの不動産業者では知ることはできないと思われる控訴人が熊本相互銀行に融資を申込んで断られた事実を耕一郎社長らに話したこと、本件売買が四億八〇〇〇万円という高価な目的物についてであつて、典型的な二重売買であるから、いやしくも不動産業者であれば、紛争の起るおそれの大きいことは予測できた筈であつて、このような売買を自己の判断のみで仲介するとは考え難いこと等の事実に照せば、岩崎一二、金承年、金鐘達、被控訴会社代表者は、控訴人がすでに本件土地、本件建物(一)、(二)を買受けていることを知りながら、相通じ、前記認定のような行為を分担して、前記売買契約を成立させたものと認めるのが相当である。

次に手段の点について考えるに、一方において金鐘達が控訴人の本件土地建物の買取資金調達に対して妨害行為をなし、その結果控訴人の熊本相互銀行からの融資を得る見通しが困難となるや、他方、岩崎一二が観光ビルの株主に対して右の事実や、控訴人に前科があるとの虚言や他にも紛争を起している要注意人物であるなど、殊更控訴人への売渡しについて不安をかき立てるような事実を吹聴し、更に二重売買をすることによつて、真実処理してやる意思はないのに、売主らがすでに控訴人から受領している代金内金の返還等控訴人との売買契約の解消についての処理を責任をもつて行うとの不実の約束をなし、売主らをして、紛争を生ずることなしに第二の売買ができる旨信用させ、更に売主の一部が被控訴人へ売渡すことに難色を示すおそれがあることを慮つて、金承年というかいらいを買主に仕立てて買受けの目的を達したものである。

以上の諸事情を勘案すれば、被控訴人の買受価格が控訴人のそれより三〇〇〇万円高価であつたことよりも、むしろ前記のような種々の手段を構じたことが、観光ビルら売主をして二重売買に踏み切らせた主な動機であると認めるのが相当である。

そして、被控訴人らの右のような種々の行為は信義則上許される自由競争の枠を著しく逸脱するものであつて、被控訴人は、いわゆる背信的悪意者に該当し、控訴人の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に当らないものというべきである。

第四したがつて、控訴人のその余の主張につき判断するまでもなく、控訴人の所有権に基く被控訴人に対する本件土地、本件建物(一)、(二)についての所有権移転登記の抹消登記手続を求める本訴請求は、正当としてこれを認容すべきである。

(反訴請求について)

被控訴人の反訴請求は、被控訴人が本件建物の所有権を有することを前提とするものであるが、被控訴人の昭和五三年一〇月一三日の本件建物の買受けや同日付の所有権移転登記の経由にも拘らず、控訴人の登記の欠缺を主張する正当の利益を有する第三者に当らないものであることは、すでに述べたとおりであるから、反訴請求はすでにこの点において失当として棄却を免れない。

(結論)

よつて、原判決はこれと結論を異にし、当審において請求の拡張もあつたので、原判決は取消すべく、訴訟費用につき民訴法九六条、九四条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 諸江田鶴雄 日高千之)

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